Farwellビーダラちゃん(10)最終回
315ちょうどビーダラちゃんがニライカナイへ行ってしまってから一年が経とうとしている。何も変わったことはなかった。ぼくらのスタイルはいつもこうだった。
今時、携帯電話なんてモノがあって、ダイヤル、いや、プッシュボタンを押せば、ビーダラちゃんが帰ってきてるかどうかすぐにわかるかもしれないのだけど・・・・時には文明とやらの発達は寂しさを助長させるものらしい。
そのようなことを、のんびり考えてたら、ピーターから電話が入った。ピーターは横浜でウオッチタワーにのぼり双眼鏡で街全体を毎日見渡している、まるでディランのようなやつなのだ。
いや、ピーターをからかってる場合じゃない。ピーターはビーダラちゃんが関内にあるトルコ料理店「ヒラけゴマ」の前をうろうろしてるのを双眼鏡で偶然発見したというのだ。
「えっ!ピーター、ビーダラちゃんに、たしか一回しか会ったことないじゃない」
「でも、彼女、前足のない猫を抱いてたから・・・前足のない猫なんてそんなにいないから、まちがいないよ。やっぱし」
ヒラけゴマは、いうなれば「穴」の一方の入り口なのだ。「穴」は・・ソリャ・・ボクの意見ではニライカナイへ通じてるに決まってるのだ。ぼくは心配になって生暖かい雨のなか車を走らせた。
ぼくはピーターにきいたトルコ料理店「ヒラけゴマ」をなんとか見つけ出し、扉の前の舗道で「ヒラけゴマ!」きっとニライカナイへの秘密の扉がどこかでぱっくり開くはずだ。大声で何度も叫んだ。でも・・・無駄だった。でも、あきらめずに・・・考えた。「うん、この島国言葉で『ヒラけゴマ』なんていってっから開かないんだ!」
「アラビア語!『ヒラけゴマ』なんていうんだろ?」騒々しい叫び声に驚いた店主は、なあんだ、手で硝子の扉を開けて店から出て来た。おまけに、「私トルコ人、アラビヤ語わからない!」と肩をそびやかす。
「とほほ」きっとこの様子をウオッチタワーの上から双眼鏡で見ていたピーターはつぶやいたに違いない。
ぼくは落胆して街をうろついた。うろうろしてると雨が強くなり、金曜日で横浜美術館は8時までやってて、「ゴス」とかいう企画展をやってて、吸い寄せられるように入館してた。骸骨なんかがいっぱい飾ってあって、暗い気持ちになったけれど、常設展に江戸時代の富士山の版画が何葉か展示されていて目が止まった。それは、富士山の溶岩洞窟(穴)の中へ這いつくばって進む、たぶん「金剛トラベル」の社員を戯画化したものだった。「穴はやっぱし、ニライカナイに通じている!」
「とほほ」きっとこの様子をウオッチタワーの上から双眼鏡で見ていたピーターはつぶやいたに違いない。
帰ってきてる・・・確信はしたものの、肝心なビーダラちゃんは見つからないし、アラビヤ語の「ヒラけゴマ」が突然ぼくの頭にひらめくわけもない。雨のなか、しょぼくれて、関内駅前の中華料理屋で、なれない中国のお酒を飲む。ああ、トルコ料理店の親父も、落胆したぼくにトルコ焼酎をおごってくれてたので、インターナショナルな焼酎がおなかのなかで撹拌されて、結局しょぼくれたままお店を出た。外の雨足は激しくなっていた。
万が一ビーダラちゃんに会えたら渡そ!家から持ってきていたアルフォンソ・リンギス「信頼」の”ラブジャンキーズ”という章のコビーを、いきおい舗道に投げつけた。雨に打たれ人々に踏まれぐちゃぐちゃになってく「信頼」を見てるうち、ぼくはしばらく金縛りになったけれど、一枚そのぐちゃぐちゃなコピー用紙の「信頼」を写真に撮ってその場をなんとか離れた。
「とほほ」きっとこの様子をウオッチタワーの上から双眼鏡で見ていたピーターはつぶやいたに違いない。
ぼくは、きっと二戸に行こうとしてた。ぼくはビーダラちゃんが帰ってくるようなことがあるようなことがあるとすれば、きっと二戸の桂の観音堂の「大穴」にあらわれると思うからだ。
・・・今日は315・・・夢を見たのかもしれない。
・・・Farwellビーダラちゃん最後の日まで・・・・・・・・・・・・・・・・・


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