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2009年5月 9日 (土)

2009年5月9日

 日めくりのカレンダーが5月の2課日で止まってたのだが・・・”マスカレード”僕らの時代マスカレードといえばレオンラッセルだったのだ。

 サリーの関係するファッションショウ”Costume Collection
第3回衣を魅せる舞台『masquerade』”が
18:30から大阪市立芸術創造館・芸創エクス(TEL 06-6955-1066)
で開かれている。開演3時間前にようやく案内することができた。

 さて、サリーはこのたびのショウを最後にして、上海に旅立ち、縫製工場に就職してどんなイメージでも形にできる技術習得のための修行をするらしい。
 どうしてかよくわからないけれども、中国の過酷な低賃金労働を体験してみたいともいっていた。
 しかし、この世界的不況の影響で、中国の縫製工場は更なる低賃金を求めてベトナムに移ってる最中らしい。
 

 なぜ2日からカレンダーが止まってるかといえば、その日レイニーがぶらりと自転車に乗ってやってきたからだった。自転車に乗ってきたその夜ボスがなくなったと報道がありyoutubekから200曲くらいダウンロードしつつ一週間ジョニーとモロ平も混じって追悼集会してたのだ。ボスのことはマスカレードを聴いてた頃から知っていた。涙雨か、レイニーのせいかはわからない雨が降り続いた。今日9日はそのお葬式の日でもあった。

2009年4月30日 (木)

満開の下放談ス(番外・伯耆大山扁)

モロ平
 あれっ、お前どうしてこんなところにいるんだ!
トニー
 ようこそ、ぼくらのふるさと真庭郡へ
アフリカ屋
 ふるさと?ぼくら同級で幼なじみだら。
トニー
 いやはや...1500年くらい前のことだけどね・・まっそれはいい・・大山に登るんなら必ずここに来ることはわかってたよ。ここは金剛トラベルの旧蹟地だからね。
モロ平
 お前はどうせ穴から出てきたとでもいうんだろ・・・?

 俺たちはな、鳥取砂丘で砂の芸術祭を見学してな、それから人形峠を越えて岡山に入って蒜山のすそ野を西に進んでやってきたんだが・・・
アフリカ屋
 イランの核と北の将軍様のテポドン騒動、それに、オバマは核軍縮をいいだしてるだら。CO2を減らす?ために柏崎の原発も再稼働するらしいね。モロ平はさ、核と云えばば島国で唯一ウランがとれる人形峠にどうしても寄らなければってうるさいんだよ。
モロ平
 歴史の皮肉ってモンがあるだろ!今は’百年に一度’もう忘れられちまったフレーズでかたられる経済状況なんだぞ。’百年に一度’は第二次世界大戦のきっかけになった世界恐慌に似ているという意味合いだろ。
 暴落から戦争まで十年を要したんだ。

 当時もそうだった、なぜかな?戦争の前には必ず大きな軍縮会議が開かれるのは・・・
トニー
 ’貧乏神’はその件についてはなんのアドバイスもできかねます。
 人形峠ね・・やっぱり金剛トラベルの旧蹟地だね・・で・・何か見つけた?
モロ平
 一年まえにな、おまえが”これから世界不況がやってくるから、企業はライセンス料のかからないリナックスにウィンドウズからシフトする”たしかに云ったよな!それがどうだ、あの会社今や売り買い停止!停止!ですよ。トニー君・・・
 もうオレは自分の頭で考えることにしたんだ。
 で、人形峠の大穴だが20年前の放射能含有物質放置の問題でな、未だに近づけんのだ・・
アフリカ屋
 オレはね、きみらのやってる投資クラブって関係ないだら、人はさ、汗水たらして働いて、おなじスルならスロットマシーンでパーッとすっちゃうのが一番だと思うよ。
 だから、人形峠なんか寄らずに蒜山の尾根をただただ歩いて縦走したかったんだ。ボダーなんだあそこは。クルマで長距離走ってると、たまに、ザンザン降りの雨のなかから急にお天気な世界に抜けることがあるだら、びしょびしょの路面が、からからの路面に変わってる、ここだっ!って位置を通過することがあるだら。
 蒜山の尾根じゃ、裏日本の雪景色と瀬戸内側の小春日和を同時に体験することができるらしい。
モロ平
 だから、そりゃ3月の特別な気圧配置の日のオハナシ!
トニー
 久しぶりにアフリカ屋の口から’ボーダー’なんて言葉聞いたなあ〜’あのころはミッシングリング’とかよく話してたね。蒜山尾根にはここがぼくらの古地だって云う証拠の石標が立ってる、残念だったね・・・・・・・あそこが穴の入り口だった。
モロ平
 やれやれ、また石標で’穴’かい・・・おまえがお花見から逃げた後、ダニーとエジプト旅行のことをすこし思い出しながら話し合ったんだがな・・ピラミッドは、ありゃ’石’そのものだな。
アフリカ屋
 ここから西に県境を越えた広島県に比婆山ってのがあるだら、あの山は、古来、信州松代の皆神山なんかと同じで、島国のピラミッドと云われてるダラ。イザナミが去った黄泉の国だと云うことになってる。
モロ平
 皆神山の下は大穴だ。第二次世界大戦末期硫黄島が陥落した頃、一億玉砕に備えて皇居と大本営を朝鮮人労働者をつかって掘せたんだったな。松代町の下全域が空洞だって云うのに戦後、街の人は誰もそのことに気づかなかった。
 前方後円墳だって古代には全山石で葺かれていたって話しだ。なんで石じゃなけりゃいけなかったんだ?石は永遠の象徴かっ?
トニー
 近頃アニメで’賢者の石’を題材にしたの、はじまったよね。あれって、錬金術の話しだ。錬金術師は秘密結社フリーメイソンであることが多かった。ところでさ、フリーメイソンのメイソンだけれど、もともとは’石工の組合’の意味だよね。
モロ平
 いや、オレがこんなことを喋りはじめちまうなんて、自分でも自己嫌悪になっちゃうんだけど・・・いやべつにシャレてるわけじゃないんだけれどもな・・古代エジプトにオリシスとイシスの物語があるだろ?
アフリカ屋
 いくらモロ平が素直ナイーブったって、石でイシスはひどい。

 モロ平
 まあそういわんでくれよ。オリシスとイシスは兄弟でしかも夫婦だ。同じくエジプト最高神ヌーの子供で、これも兄弟のセトとネフチス夫婦に妬まれて、2度殺される。殺されるけれどもイシスのおかげでオリシスは2度ともよみがえる。
トニー
 復活は再生で、再生を繰り返すのは永遠ってコト?
モロ平
 実は、2度目は冥界の王となってで永遠の生を得た。一度目の時はイシスは死体のオリシスに添い寝する。そして神の子ホルスを生む。
アフリカ屋
 ホルスとイシスのくだりはマリアとキリストを思い出させるなあ〜ネクロフェリアと処女懐胎の違いはあるけど・・・似たようなモンだら?
モロ平
 そうなんだ、2度目にセトがオリシスを殺したのは、’もっとも夜の長い日’冬至、つまりクリスマスのあたりってコトだな。

トニー
 アフリカ屋の云うようなボーダーを古代人はどう意識してたんだろうか?長い人類の歴史上、死を体験できたものはいないのだからね・・・

 先日、モロ平投資クラブとは違って今回の大暴落で巨万の富を手に入れたある投資家が、儲かりすぎて自分の才能にびっくりして脳溢血を起こしてひと月意識が戻らなかった。幸い回復したんだけれどね。そのときの様子を「ちょうどうたた寝してしまったような感じ」だったといってる。
アフリカ屋
 トニーが昔詩人を気取ってた頃、ぼくに向かって「人生は一瞬(またた)き」といったことがある。
トニー
 覚えているよ、そしたら無神論者だと思ってたきみに「で、魂はどこへいくんだって?」言い返されて・・・。
アフリカ屋
 眠りは、煎じ詰めれば一瞬きだと云うことはわかる。もし意識が戻らなくても、そこからは人間的尺度がすべて消え去るのだから、ヒトマタキしている間に実は何億光年もの人間的時間が流れてたってコトがあり得ることもわかるんだが、寝る前と起きた時を繋いでるものがあるだろ?死んでしまった場合、そいつはどこへ行ってしまうんダラ?あのボーダーの縁でしか感じられない不安な感覚はどこから来るんダラ?
トニー
 ぼくなんかに云わせると、寝る前と起きた後の自分というものがおんなじだって信じて疑わない人がいるのがのが不思議だよ。寝てる間、その両者をつないでいるものはどこに行ってるんだ?そいつもボディとおつきあいして休息してるのかい?
モロ平
 夢ってのは見ることがあるけれどなぁ〜
トニー
 その夢ってヤツが誰かの何億光年のトリップの断章だとしたら?
モロ平
 イカン、いかん貧乏神の長話を聞いてると日が暮れちまう。今日中に大山の宿坊までは行かんとな。それから、宿の予約、おまえのぶんは取ってないからな。

 

2009年4月22日 (水)

満開の下放談ス(2)

 <サクラは疾うに散りはて、今や新緑が燃え出しツツジは満開、すでにモロ平とアフリカ屋は大山に登山してもう帰ってきている。>

モロ平

 北の将軍様のテポドンとか、はやりだよな核戦争?

 そういやぁ近頃ミツバチがいなくなったって話題だ。マンハッタン計画のアインシュタインが、「核より怖いものがある」といったかどうかは知らないが「ミツバチがいなくなったら人類は4年で絶滅するだろう」といったらしい。

ダニー

 食物連鎖の話しだね。鉢屋さんがニライカナイへ旅立つ前、青トラホテルで一春サクラの蜜を集めたことがあるんだけど、4年くらい前だけれど、その頃から予兆があったのかも知れない。輸入ミツバチを止めて飼うのがムヅカしいニホンミツバチに切り替えたいと云ってた。
 不思議だね。以前はまるで見かけなかった、シカや、リス、イノシシ、それからハリネズミ見かけない日は無いよ。青トラ動物園が開けそうな感じ。

モロ平

 そういえばダニー、珍獣リボンちゃんはまだ住でるのかい?

ダニー

 ああ、トニーがいなくなって以来ずっと住んでるよ。一年以上になるのに朝顔をあわせてもおはようとも云わない。

モロ平

 そりゃお前が、オハヨウッも云わないからじゃないのか?

ダニー

 いやぼくは、毎朝、「リボンちゃんおはよう、今朝のご機嫌はいかがですか?」ていていにあいさつしてるよ。

モロ平

 他人行儀なやつだ。

トニー

 サクラの花の咲き加減、ミツバチの異変、シカの親子の出現、リボンちゃんの生理、なんだかかそういった自然界の変化が、すべて二酸化炭素、地球温暖化の話しに回収されてしまうのがやだね。

モロ平

 ああ、ニライカナイの’携帯おなら燃料電池’、どこが輸入代理店になるんだろう?今年は静に燃料電池の年だからな。

トニー

 よっ!モロ平、その意気!!!投資って云う本来の意味に立返ったな。

モロ平

 うるさい!もうおまえの、貧乏神の、作り話にはだまされんぞ。

ダニー

 ずいぶん信用なくしたもんだね・・・それはそうと、トニー「石の研究」の方はどうなってるの?

トニー

 ああ、まとまった話しはないんだけれど、ダニーは「みどりこ(嬰)」について書いてたよね。

<みどりこ「嬰」という漢字にも貝が二つついている。この場合の貝は呪器としての貝の首飾りの意味だそうだ。もちろんこの貝は子安貝だ。>とか・・・

 モロ平にとって”貝”はただただ”貨”幣、お金への信奉であって、だからこそ”貧”乏神にだまされて”敗”したわけだけれど・・・

 たとえば”石卵”については石も卵も並列的だと、ぼくは思ってるんだけれど、その卵について折口信夫は

 「卵の古い言葉は”かひ”だ」と書いていて、その”かひ”は蚕(かいこ)の”かひ”かもしれないとしている。通説は「飼いこ」らしいがと断った上でそう述べている。カイコは変態を繰り返し空を舞う蝶になるからね。それにその過程で絹を生み出しす畏能の持ち主だからね。

 そして、”大師匠の謎”を解き明かす一文が続いている。

「ものを包んでいるのが”かひ”である。米のことを”かひ”というたのは、籾に包まれているからいうたので、すなわち、籾が”かひ”なのだが、ひいてお米のことにもなったのである。」

 ”種”を”石”だと思うことは割と容易かったんだけれど、ダニーと違ってお百姓さんじゃないからね、ぼくは、お米は食うものであって、稲の種であるとはすんなり連結できなかった。

 この一文に依って、ようやく長い長い探求だった米山がどうして恵那山であるのか、米山にどうして胞衣姫神社があるのかを納得することができた。古代人の言語感覚が単なるアナロージーにどどまらないということが確認できた。

 米山になぜ「信貴山縁起」と同じような飛鉢の説話が残っているのかについて同様に解釈できるかもしれないんだ。

モロ平

 おいおい、おまえのかってなネタで、投資クラブの弁解はよしてくれ。

 しかしな、おまえの話しは、なんというかな・・・おれはすぐのせられてしまうんだよ。

 その折口信夫が書いたって云う大師匠の話しだけれどな、おもしろいな。米のことを”かひ”と呼んでいたなんて聞いたこともなかったぞっ。でな、今度アフリカ屋と旅行に行くことが決まってるんだけれどもな、おまえの話を聞いて、大山に登ることにしたよ。俺もな、ずっと大山は過去のいつの時点かはわからんけれどもな、”米山”って呼ばれてたんじゃないかとひそかに考えていたんだ。

ダニー

 れっ?ビーダラちゃんに逢いに二戸に行くんじゃなかったの?だってモロ平やっぱりおかしいよ、さっきまであんなに怒ってたのにもうトニーの”貧乏神”話にのせられちゃって・・・

 だまされやすすぎだよモロ平!だいたい、卵と石がおんなじって・・・おかしいよ。米は本来籾が”かひ”でその内容物の米、本体が、時代を経るうちに”かひ”と呼ばれるようになったということは納得するけど・・・卵だって卵の殻と内容物の白身と黄身がある・・・胞衣は子宮という洞穴の中にあって胎児を籾殻のように守っているわけじゃない。

 石の内容物って何よ?ないじゃない。西洋じゃ空洞のある石が珍重されたり、その空洞をジオラマ化したグロッタなんてのがはやったことがあるって聞いたことはあるけど・・

 少なくても胎児は今云ったように3重構造だよ。

トニー

 そうなんだ。そこがよくわからないとこなんだけど・・・・

 ともかく、明日は、エティ氏がミツバチの天敵のスズメバチ撃退法を考えたから、作業を手伝ってくれって云ってるんだ。悪いけどぼくは一足先に帰るよ。モロ平!大山の土産話楽しみにしてるよ。

モロ平

 まったくあいつは・・・ダニーがいなかったらまただまされてたよ。トホホ

ー後日談ー

<「トホホ・・」と云ってたモロ平だが、結局アフリカ屋を口説いて大山に登ったらしいコトは最初に書いた。ってことはトニーはゾロ、モロ平投資クラブ顧問に復帰したってコトか?どうなるのかねぇ?今年のモロ平投資クラブ?>

2009年4月 6日 (月)

満開のサクラの下でモロ平、トニー、ダニーお花見放談ス

<録音されたお花見の会の談話をテープおこしていくみたいです。この項ぼちぼち続きます>

ダニー
 やっぱりお花見は上野だね。不景気で人出は少ないみたいだけど、アフリカ屋は「景気より天気!」っていってた。名言だね。売れ行き伸びてるみたい。お花見セールが終わったらモロ平と旅に出るらしいじゃない。何処行くの?

モロ平
 さーナッ?こないだカイロに行ってきたばかりだからな・・ETC安くなったし島内もいいな、道の奥二戸にでも行ってみるか・・ダニー、お前スクネさんの会観に行ってきたんだろ?どうだった?ゲイリーは元気だったかい?

ダニー
 元気だったよ。お客さんが入りきれないくらいだったんで見るのは遠慮して青トラ別館で寝てたんだけど、「あんなつまらないの見てられないわっ!」途中退席してきたパープルさんに起こされて・・・パープルさんの話を聞いてみると、どうもスクネさんは舞台の真ん中で観客に足の裏を見せて寝そべっていたらしい。昭和一桁生まれのパープルさんには、観客に脚の裏を長々と向けるなんて許されることじゃなった。まっ、そういう話ししながら二人でシュークリーム喰ってたんだけどね。

 ぼくはリハーサルはちょっと見たんだけどね。床に寝るとスクネさん胸の窪みに水たまりを作ることができるでしょ。そこにライトをあてると舞台奥の壁にキラキラしたハレーションができる。そういう演出だったんだけれど、パープルさん壁のハレーションにきづかないでスクネさんの足の裏ばかり見続けてやんなんたんだねキット・・

トニー
 やあ!遅れてごめん
モロ平
 いつものことだ・・・・トニーおれはずっとリーマンショック以来捜してたんだぞっ

トニー
 やーモロ平、元気そうじゃないか。エティ氏の個展が4月下旬谷中であるから、ちょっと打ち合わせしてきたんだ。見るものの位置、見られるものの位置・・おもしろいね。エティ氏もこのごろご本を出版したんだけれど、それは、「遠くの画布 近くの絵 拡大と拡散 」と云う題で、20年前に描かれた23センチ×18センチくらいのドローイングを約10倍に画像処理技術で拡大するという計画のプロセスとコンセプトが一冊の本に仕立てられている。シュミラークルなんて聞き慣れない言葉についてかたられていたりする。

モロ平
 話しをそらすな!おれはお前のせいで人生が狂ってしまった。貧乏神!!!
ダニー
 あ〜あ、貧乏に”神”なんかつけたらトニーの思うツボ!

 開演前スクネさんにあったんだけど、唐突に「今日の公演の中でライと大師匠にあう約束になってるんだ」とかいってた。で、ちょっとだけリハを見たんだけど、舞台下手の奥の部屋が、洞穴になっている。3方の壁面はシロノジョウゼットで囲まれていてブラックライトが仕込まれてるから、青白く光って見える。今回のお題は「ミドリコ」だったからね。

トニー

 ホオッ〜ミドリコはいつミドリコになるんだろう。貧乏”神”は一体どこからやってくるんだろうね?古代人は、なにも島国の古代人とは限らないわけだけれど、"神”は穴からやってくると考えていた。死すら死”神”だったんだから、貧乏だって”神”なのはあたりまえだった。”神”って人々に良いことだけをしてくれるもとは、考えられてなかった。良いか悪いかは当人が後で考えれば良いので、問題なのはその場、穴からの出現に立ち会って突き動かされることだった。

モロ平

 たしかにな、おれなんか貧乏神に呪われて、エジプトくんだりまで出かけて下痢して帰ってきた。

 こんな話しをはじめようとしてるのは、そもそもそこにいる貧乏神に呪われてるとしか思えんのだがな、「エジプト死者の書」ってのがあるだろう?

ダニー

 モロ平が「エジプト死者の書」・・がらにもないねえ・・・死者の復活とエモータルを獲得するための呪文かなんか書いてある本だよね。

モロ平

 おれはトニーのおかげで大損したからな、連絡は取れないし、新しい投資顧問を雇ったんだ。そいつが『「エジプト死者の書」では死後の世界の運命は生前に行った行為の善悪で決まる。金儲けばかりを考えてるからうまくいかないのであって、モロ平さん、今はやりのNPO<箸の袋づめ>で世のため人のため働いて善行積んできなさい』みたいな抹香臭いこというんだ。

 やれやれ、こういうこというヤツ俺は嫌いだからな、新しい投資顧問はクビにしたんだけれどな、「エジプト死者の書」は気になってしまって、なはるばるピラミッドを見に出かけたわけよ。

 ああ、イスラエルでネスタニヤスが政権とっただろ、そのうち破滅的なドンパチがはじまりそうだからな、いつまで、ピラミッドが今のままあるとは限らない、そう思ってな・・・

トニー

 ピター来なかったね。この件についてはピターは詳しいんだけれど、彼から聞いた所によると、万が一、今度パレスチナとイスラエルのあいだで戦争が起こると、モロ平がいうようにその戦争は、アラブ諸国(イランからアフガン、パキスタンを巻き込むような)対イスラエルという戦争に拡大する公算がおおきいらしい。

 ただ、モロ平はピラミットが消滅してしまうと怖れてるみたいだけれど、島国の人々の大方の予想を裏切ってこの戦争で勝つのはアラブ諸国の方らしい。イスラエルは消滅する。

2008年9月30日 (火)

サリー&スージーそれぞれの近況

 結局、今年は青トラホテルに顔を出す事無く終わってしまったサリー&スージーだけれど、それぞれグエンキにやってるらしい。

 スージーは古都にまだいて黒猫屋さんでバイトしてお金を貯めて東洋医学を勉強しに中国に渡ることにしたらしい。スージーも何処かのパトロンを見つけて上海に自身のブランド商品を並べるお店とファッションデザイン事務所を開設するため中国語の勉強に余念がないらしい。

 ゲイリーは先刻紹介したようにKoreaペニンシュラへ留学する。若いもんはこうであらねばならぬ。こんな居心地のよい島国のすかすかな空気を吸って歳をとるよりはズットよい。まっ歳を忘れた兄貴みたいにダンサーのお尻をおっかけてかの半島へ旅立ってしまうやつもたまにはいるけど・・・

 で、ぼくも近々、久々海をわたることにした。「パタをワタって生(ウミ)まれ変わるのだ。」(兄貴の自信作このギャグ半島生まれのナムさんにはぜんぜん通じなかったらしい。)

 遠く根拠地を離れてゆく前に、とどこっている研究のための覚え書きをいくつかのこしておこう。

 ピーター→ピーターについてはピーターのご先祖がツングース系ロシア人ということで、ピュートル→ピーターというお名前らしいのだが、そのピーターの語源はギリシャ語にあるらしく、「石」のコトを指す言葉だったらしい。

 それから当ページで「空の石」という語を検索されている方が居られた。

 浦→ウラは長野県長谷村にある地名だが、このごろ司馬さんの街道をゆくが新版となって刊行されはじめたのに伴って読み返しているうち、以下の文に出あった。それは壱岐対馬についいて書かれたご本の一説だ。

上代日本語では卜占をウラという。ウラを活用させてウラナフ、ウラトウ、ウラフ、ウラハフといったりするが、とも かく卜占は古代世界の科学であった。専門の神道者(かむなぎ)がこの術を用いたが、彼らの奇妙さは壱岐対馬に集中的にいたということである。大和の王朝が わざわざ玄界灘の洋上から彼らをよんで宮廷の化学を担当させた。このことは壱岐・対馬を考える上で特に重要なことではないか。>

 ヤマトの王朝から呼び出される 忌部氏(
かむなぎ)もう一カ所集中的に分布していたのが伊豆である。

 これらが、安曇族や諏訪の古代信仰とどう切り結ぶかどうかを解き明かすのは兄貴にまかせるしかないが、・・・それには、あいつが夢から覚めるのを待つしかない。

 「石上栽花後 生涯自是春」は吉岡さんの座右の銘だったらしいが、
今夜この境地とはほど遠い3人が送別会の会食することになっている。ぼくと、アフリカ屋、それからモロ平。ルーシーも来る予定だったのだが、台風に恐れをなしてキャンセルされてしまった。残念。

 ああ、きっと盛り上がってるモロ平の「100年に一度のチャンス」の話をうなだれて聞かされることになるに決まってる。・・・しかし、今回のモロ平の話はあたってるかも知れないような気がぼくもしてきた。日付は打っておこうと思う。2008.09.30

2008年6月26日 (木)

「大穴」その2

<080704加筆訂正>

 「大穴をあける。」・・・モロ平との会話

 もともとは経済用語だったような気がする。「穴をあける」債券や株で損をだす意味だ。株はよく未来を買うといわれる。予想するわけだね。そこが、お馬さんの穴馬券と共通している。競馬でも穴をあけるとは、大方の予想がはずれることだ。

 市場とは売り手と買い手が出会う場所なのだからちょっと不思議な感じはするけど 株で儲けるやつはだいたい2割といわれる。8割が損をする。そう考えると経済では、穴をあける人ばかりということになる。

 競馬で穴をあけるやつはまれなわけだよね。いっけん「穴」の意味が経済と競馬では逆転しているようにみえる。

 競馬は、本来貴族のスポーツのはずだ。

 Dig Dug、穴を掘るって「オカマを掘る」って意味で、もともとは第一次世界大戦の塹壕掘りからきているといわれる。兵隊さんの言葉だ。一番男らしい兵隊さんは、一番男らしい故にオカマを掘るのだ。

 競馬の大穴も、だから、「貴族のオカマを掘ってやった」ってような意味なのかも知れない。貧乏人が夢の大金を瞬時につかむってコトは、逆に云えば、お金持ちが手堅いオッズの低い馬券に大金かけて大損したということになるからだ。

 「大方の予想がはずれる」と最初に書いたけれど、本当は、掛けられたお金の総額の大方のほうがはずれるわけだ。ここんところは同じように見えてじつはまったくちがうことで、そこのところを一言で語っているのが「大穴」ということになる。

 だから、逆に大穴をあけようと思うなら、「大方の視線」を問題にするのではなく、もっと別のものに気をつけなければ、なかなか穴はあけられないということになる。掛けられたお金の大方を握っているのは、じつは数人なのだから、そのほんの数人のコアな視線をトッパしなければ風穴はあけられないということになる。

 実にこのことは、存在しているかどうか定かでないクローンの原型を相手にしているようなもだから、つまり、ぼくらにはクローンの世界にダンスというものが存在するかどうかさえいまだうかがい知ることができないのだから・・・
 ほんらい限りなくしんどい作業とならざるをえない。

それとも、そもそも視線なんか問題にすべきじゃないんだろうか?視線を気にすべきではないのになぜぼくらは市場なんかに出入りして交換、交通を求めるのだろうか?

 兄貴が、「石の研究」で澁澤さんのことを書いてたので、ボクは穴について澁澤さんが書いてないか?手元にある本をめくってみた。

 「都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト」という澁澤さんサイゴのエッセイ集に「穴のある肉体について」というのがあって、タルホの事かなんかかな?と思いながらページをめくると、喉頭癌の手術で喉チンコを切除され喉の付け根のところに穴をあけられてそこに管を差し込まれてるという話だった。

 癌の手術で喉チンコを切除したことについて、「もしかすると、私の肉体は私の思想を追いかけているのかもしれない」氏の元来の願望だった両性具有を図らずも獲得することになってしまった。と書き・・・・・

 しかし、残念なのは、呼吸をこの穴に通した管を通しておこなっているので、「なによりも私にとって残念でたまらないのは、自殺の中でもっとも安易な手段というべき、あの首つり自殺が私には永久に不可能になってしまったという一事である」

 「たとえ、ぶらりと縄にぶら下がっても、その縄が私の首をきりきりと締め付けても、私はいっこうに苦しくはならないであろうし、いっこうに死にはしないであろう。なぜなら、首の下の方にあけた穴によって、私はひそかに呼吸を続けていられるからである。」ってなことがかかれていた。

 首を絞められても首吊りしても死なないでいるためには、よそに穴を探すのではなく、自分自身の首から下の何処かに穴をもうひとつ穿てばよいのだ。簡単なことですよ。と澁澤さんがいっているのかどうかまでは定かではない。

2008年5月 3日 (土)

幸せの黄色い椅子ⅱとⅲ

 Photo_4

 幸せの黄色い椅子ⅱとⅲできました。幸せの黄色い椅子ⅰみたいに何処かに連れてきたいもんですね。

 青トラホテルの改装工事は、まるで進んでません。が、ここから夏までに大変身となる予定です。

 「青トラホテル÷イフターム・ヤー・シムシム!」そろそろ終わります。以前のものは少しずつ眺めながらテキストに手を加えたりしています。ほんとは、ハイパーリンク版、画像や動画、音楽を仕込んだものに発展したいのですが、ここのブログ形式では難しいみたいですね。

2008年2月18日 (月)

ありがとう青トラ君30万キロ走破記念

 先日、延び延びになってた青トラ君の30万キロ走破が、祝いに駆けつけた林彪少年によって確認され、記念写真と相成りました。

 記念の会食は、やっぱり餃子でしょう。林彪少年は複雑な時期、故国に思いを馳せながらすばらしく美味な餃子を作ってくれました。「ビーダラちゃんのは白菜を使うんだけど、ぼくのはキャベツ、あと、タマネギ、あまみがでるからね。よ〜くこねるのがこつだよダニー」といってました。隠しに青じそが使われてて、これが安売りアメリカ産豚ひき肉の嫌な臭みをけしていました。

 腹が膨れると林彪少年は、青トラホテル京都支店の今となっては遺品のゴルフゲームを引っ張りだし、しかし肝心なゴルフパタ−クラブが紛失していたので、どこから見つけたのか小割り(関西仕様)でクラブを作って遊んでおりました。

 やっぱし自力更生なやつです。


2008年2月 4日 (月)

2008年の「大穴」その1

2008年の「大穴」

 ああ、今朝はピーターのモーニングコールで目が覚めた。

 「合田さんの談話の会にでかけたら、話題がひろみちゃんの12月の会についてだった」というのだ。「12月の会についてほめてた」ということなので、これは「大穴」といわれてしかるべきことかもしれないのである。
 しかし「大穴」と云われるには配当がつかなければ意味がなく、なので、舞踊協会には「舞踊功労賞」かなんかを新設して、栄えある第一回功労賞はひろみちゃんにしてもらおう。
  
 合田さんの、ひろみちゃんの踊りが「アスベスト館の踊りを彷彿させるもの」だったというようなピーターの話の言葉尻を捕まえて、「ああ、ひろみちゃんとここ何年か話すことがあるとね、いつも『アスベスト館卒業してもうそろそろ、自分自身の踊りをおどる』みたいなこというものだから、『だいたいね、ひろみちゃん字は下手だしさ、酔っぱらいだしさ、元々見目麗しくないのに歳くって磨きがかかってきてるしさ、馬鹿でしょ、頭悪いじゃん、だっからさー自分自身の踊りなんて無理だよ無理』っていってんだよね」
 
 だいたい、お客に見せといて「自分自身の踊り」だなんて、踊ってるあなたはお客の総和にすぎないのだから・・・

 先日、所さんのなんとかって云うテレビ見てたら「日章旗は種子島がルーツ」みたいなこといってたので調べた。日高さんの第一回「大穴」のチラシが黒い日の丸(大穴)だったのを思い出したからだ。

 江戸時代の後期に薩摩島津の殿さんが元々種子島、種子島家で使われていた「赤い大穴」をたいそう気に入って、船印として使いだし、その後薩長の天下となった明治維新で海軍が作られるとその船印となった。というようなことがかいてあった。本来の意味とははずれて血塗られた「赤い大穴」の道を踏み出したわけだ。

 戦国時代の初めの頃は、種子島家は屋久島も領有して、琉球貿易権も種子島ケが占有してたらしい。種子島ケは平家の末裔で‥‥のようなことが書かれている。種子島の地名の由来について
< cite="http://www005.upp.so-net.ne.jp/genjin/E3.htm" title="なるほど種子島 から2008年2月4日12時11分に引用">★種子島の名前の由来 [1] 種子島は細長い島である。アイヌ語で細いことを「タンネ」と言うことから名付けられた。ちなみにお隣の屋久島は固有種の屋久鹿が数多く生存している。鹿のことを「ヤンク」と言う。 [2] 稲の原種「赤米」が弥生時代から栽培されていた。つまり「種の島」だから。 [3] 土を創る神オタツ「雄龍」の神様と草花を創るメタツ「雌龍」の神様、二人で島を創り名前を「種子島」と名付けたと言う伝説がある。 [4]最も信頼のおけるのは、[2]と重複するかもしれないが、飛鳥時代の初めに、種子島の作物、とりわけ稲などは「一つの種子から生き生きと生い茂っていく様子になぞらえて、種子の島であること事から種子島と名付けられた。>のようなことがいわれてるらしい。

 文献への初出は「「日本書紀」29巻「天武紀」である。
677年(飛鳥時代・白鳳又は天武6年)2月⇒是の月に多祢嶋人等に飛鳥寺の西の槻の下に饗たまふ」とあるらしい。
 
 タネガシマについて「ぼく自身」の見解を述べさせてもらえば、タ→多→太→田→陀と言い換えることができる。
多、太は→豊穣をあらわし、田は→その豊穣を産むフィールド、陀は→普陀落など、すこし哲学宗教的にになって産み落とされたものが産み落とされる以前にいた場所と産み落とされたものが去りゆくであろう場所をあらわしている。

 田はワタのタである。ワタとは海神(わたつみ)のごとく、海のことである。海(ワタ)も田(タ)も胎(ハラワタ)も原(ハラ)も豊穣を産んでくれる場所である。(ああ、今回この文を書いてての発見、海の魚の王、古来王家への貢ぎ物タイも鯛"タのイ(さかな)"だ)

 で、ワタのワだけれど、長い道のりであったけれども、ワ→輪→倭→和→丸となって、ようやく「日の丸」「大穴」にたどりつく。

 で、タネガシマのネだけれど、ネなのだけれど、これはネ→根→峯となる。根は古来、根の国というがごとく(ケガレなどという倫理観ができる前は)つまり生命が産み落とされる以前やこの世を去ったあと去りゆくべき場所 のことである。

 長くなったので、「大穴2008」の続編をかこうとおもう。

 でその続章への渡り廊下として、オオタタネコという人物の名を記しておこうと思う。たしか、古事記かなんかの物語の暗記者か、口述筆記者かだと思う。(訂正、古事記の伝承者は太安万侶でした。すみません)
オオタタネコ今回の文章を再度読まれたうえで何度か唱えてみてほしい。

 オオタタネコの系譜は、たしか谷川健一氏によれば山(産)鉄民に繋がり、白鳥伝説は北方民族(長脛彦、土蜘蛛、クズ、葛、尾長族)と天孫族(ヤマトタケル)との葛藤の物語。

 ここに、謎の北方(と云われてるのだが‥‥)民族、日高見族の登場を予感させるわけなのだ。

 種子島と云えば、飛び道具、ロケットか、種子島銃だろう。種子島銃はハプニングとして種子島に偶然伝来したのであろうか?いや、日高見族の高度な製鉄技術と種子島の良質な砂鉄の存在が・・・・

 のような話になるのであろう。

 最後に、単に「大穴」とはいうが、競馬では大金を手にすることであり、債券、株、商品取引においては、逆に大損することである。昨今宇宙空間に発見された、ブラックホールならぬ「大穴」に至っては皆目なにも解明されておらぬ。

 日高さんの「大穴」の探求は未だ緒に就いたばかりなのである。

2008年1月17日 (木)

おさがわせピンクさん帰還す

 昨日、無事というか、当地にて冬枯れの落葉樹林の中をさまよっているピンクさんが発見されました。

 ともかく、よかった。よかった。何よりご無事で!

 ピンクさん談によれば、岬様はさすがです。兄貴がブラジルにさったあと、故国に戻ったことでなかなかうまく発揮できなかった能力が回復し、ピンクさんを上海で見つけ出し瞬間移動(テレポート)にて、当地のお山に送り届けてくれたとのことでした。

 今夜も旧パープルピンクの会主催「ピンクさんお帰り&新年会」が恒例のメンツにて開催されます。ゲストとして、モロ平も参加します。

 投資クラブで大穴をあけつつあり、気落ちしているモロ平をピンクさんの替え玉として上海に送り込むことなどが話されることになると思います。
 また、計画が持ち上がっている「お山のサマースクール」についても新たな進展があるやもしれません。

2007年12月14日 (金)

今日はいい天気

友人がきたので、パソコンの使い方、ブログの使い方のコーチ

2007年5月13日 (日)

5月16日に向けて

 レイニーも来る。頭目のお許しもあるので、かってなことをやろうかと思っている。

 その舞台については出演者と、その演題以外にまるで情報が無いのでそうするしかないのだが‥いちおう、<中米の作家 タ−レス・ホセ・コントレーラスの20世紀初頭の奇跡の文学「往土抄・旋律の方位」>ざっくり検索かけた。予想外、あるわあるは今回のイヴェント情報。でも内容は同じ。
 誰の仕業だ?コワいなあ〜やるときは何も言わずda-っと、きっとロシア人の仕業だ。いや、スゲッ!と思いました。

 要求されたことは、舞台上に平台を一枚尺高に敷き黒の地ガスりでおおうというものだ。平台一枚にプロ3.5人だぜっ!たん瘤はよく自分が予算をとれなかったことを棚に上げて、「だいたい、裏方さんはギャラもらい過ぎなんですよぉ〜」と、お役所かでっかい企業の代理人のようなことを言う。「あのなあ、俺だってっっっぇ、今はこんなだけどなぁ、昔はな〜いや昔もあんまり変わんなかったけどなぁ、とんでもない仕事もやったことあんだ、馬鹿っ〜」「なにっ!アメリカさんみたいになりたかったら死ぬほど働け!通り過ぎたら、中国人に負けそうだから働けってぇ〜あのなぁ〜馬鹿ッ‥‥とにかくな、俺働くの嫌いだっ」

 今回のようではたん瘤にはなにも言えない。

 なので、やっぱし舞台上はなるべくあっさりと‥‥‥‥‥

 いや、しかし今回は客席飾りまくるぞ!会場、お客が入ってくる、キャクデンでうす暗い、雑談を交わしながら舞台を見ると、黒い地ガスりなので良くはみえないが、平台が一枚敷いてあるミタイッ〜
 何の破綻もなく、主演の好演にも助けられて舞台はトドコオリなく終わる。
 なじみの客が残ってしんみりと打ち上げが始まる。

 「そろそろいいかなっ〜」「結局誰もきづかなかったね〜」「馬鹿ッ〜誰もキイつかないからいいんダロ!」寂しくも、お決まりの会話が裏方さん同士で語られる。

 決めた!これでいこう。ああ、こういうのを病気っていうんだ。‥‥いや、ねじけてるだけかな‥‥いやともかく、これをねじけてるなんてやつが病気だってことはたしかだ。病気だってわかったら、薬でも直ぐ直ぐ!飲んでなおシャいいんだ。だから、病気なんてなおんなくてもいいんだ。もっと、まじめにねじけろよ。そのうち180度回って元に戻るよ。

 製材がほぼ終わった。僕は製材について何のうんちくも予備知識もない。作業を始めるにあたってなにも調べなかった。3年前の台風で倒れた倒木を桜、欅、樟、ほおじろ樫の短い丸太を厚み5センチの板にした。3年前には、木は切られたとき素早く製材した方がいいのか、少しおいて水を飛ばした方がいいのかが疑問だった。
 焼き物を焼いてる友達は薪は倒してすぐでないと固くなってしまって苦労するといっていたのを思い出し、持ち帰った丸太をバンドソーで料理にかかったが、あっという間にバンドソーの刃がいかれてしまった。

 あとは怠惰のせいで、3年野ざらしにしてあったのだが、久しぶりに丸太をひっくり返してみるとシロアリだらけになってずいぶん軽くなってる。当初一番固くて重かった、ウマジロ樫はとくに水分がまるで抜けてる。この春には菌を埋め込んでもいないのに自然発生の椎茸が自生していて驚いた。シロアリも一番ついていて、このごろは羽化が始まっている。ウ〜ン生来の貧乏心がむずむずうごめきだす。シロアリ君が食べごろなら僕も食べ頃かもしれない。
 挽ける、摩擦が驚くほど少ない。電気機械の騒音は少しばかり憂さを忘れさせてくれる。鋸刃がトラブルと、あっという間に現実に引き戻されてロウバイするけど、一度昔トラブってるのでリセットの余裕は少しあり、再起動、再び騒音の中に紛れ込む。(青トラ君のディーゼルの騒音、バグパイプや、オルガン、アコーディオンの持続音にはそういうところがあるかもしれない)

 ああイカン、なんの話だっけ、ああ、切れるようにはなったんだけど、鋸刃はきっと自然に柔らかいところを目指すので、年輪の柔らかいところを進んで行く。木のねじれに従って進んで行くのだ。それを克服するように、(別に克服しない方が面白いものはできる)丸太を少し手元で振って年輪の固い部分に刻みをかけようとする。ところがその振り方が、思った方向とは正反対なのだ。生来右と左の混乱する僕には難しい問題なのだ。

 で、何やるのさ?ああ、相変わらずの貧乏性。

2007年5月11日 (金)

たん瘤のその後

 数少ない情報源によると、(ああその前に、このごろ兄貴がうるさい、ジャガイモは植えたのか?とか、水はやったのかとか?芽はでたかな〜とか?出るわきゃないだろ、まだ3日しかたってない、そんなことつぶやきながらジュディーコリンズなんかかけて‥‥‥‥‥でもたまにはいいなあ)

 どうしたのかな〜たん瘤はと思ってたのだ。おでんのハンペンみたいにみるみる膨らんで行くたん瘤を見ながらかなり憂さは晴れた。その後の音沙汰なしには礼儀知らず、さてはロシアに亡命したかっ!と思ってたのだが、ひそかに田舎ではない田舎に戻っていたらしい。

 不幸があったらしい。そうだ、いいチャンスだ。「悲しみを捨てて香典をポケットに!」だ。香典とは本来そうしたものなのだ。オヤジさんのたん瘤への最後の愛情だ!
 過ぎ去った日々、こんな調子のことばかりあなたに朝から晩までいいよく言い続けたなあ〜

 若いときは、親が死んだら自分は泣くんだろうか?と思ったことがあった。じいさんが死んでもばあさんが死んでも涙は出なかったからだ。涙なんか流すことがそんなに尊いかっ!今は、確実に狼狽する。涙を抑えるのに必死だろう。年はとった。親も、自分も。

 北の大地で、病に冒されてバカ娘を憶ってる老人が居る。帰れよ!

 

2007年5月10日 (木)

スラバヤの山ノ神さん

 から通信がきた。かくいう私は無神論者というか考えの無い者なのだが、今回はジョグジャ行きをキャンセルした。
山の神からの通信なので仕方ない。ここは、ゲーリーに私の分もグワンバッテもらわねばならない。

 こちらは、こちらの嶋のなかで、ロジテックスの役割を担わせてもらうことにする。

2007年4月23日 (月)

箱庭治療の森へ

 ようやく戻ることに決めた。チャーリーさんのおかげでsogakozoh備品として3×6メートルの箱庭壁面ぴったりのスクリーンもお土産に持ち帰る。夏の娘たちの来訪に向けて箱庭治療に専念することにした。とりあえず、こちらにしか売っていない杉の床板も大量に仕込んだ。あとは、プロジェクターと、労働力だなあ〜

2007年4月20日 (金)

 春祭りが終わると同時に、薄緑色の草々におおわれはじめた田んぼは田起こしが始まり。トラクターの音が響き渡る。桜、桃、椿、水仙、水芭蕉きれいだ。あったかいし。子供の頃は春がいいなあと思ったことはなかった。栗や、キノコ、アケビがとれる秋が良かった。春は山菜だけど、ワラビ、ゼンマイ、コゴメ、たらの芽、ふきのとう。わくわくしなかったなあ。 それとも田起こしが始まると子供たちは家の手伝い、遊んでくれる人がいなくなったのが原因だったかな。

2007年4月13日 (金)

2007年3月アートカーニバル写真アップ

 京都アートコンプレックス、浅草朝日スクエア、横浜バンクアート、京大西部講堂、DEREVOの写真が中心になっています。枚数は40枚程度です。http://homepage.mac.com/blackstage0001/Topics/PhotoAlbum182.html
 トップページに現れるスライドショウボタンを使った方がいいかもしれません。

”Baby Elephant Walk ”だ!

小僧の行進、子象の行進、Baby Elephant Walkそのまんまじゃないの。
http://www.midisite.co.uk/midi_search/baby_elephant_walk.html
には各種音源ファイルがそろってました。おヒマな方はドゾ!

2007年4月11日 (水)

AsiaTRI(アジアトライ)京都コネクション

 このごろ、ピーターがコメントを通じて大量の書き込みをしてくれていて楽しいのだが、ようやくあんちゃんのお古のパソコンを手に入れたらしいゲーリーからのエントーリーは滞っており、ちょっと寂しいので一存ではあるが、京都のサリーとその姐さんのスージーにもエントリーしてもらうことにする。
< 「小僧の行進」の原曲分かった!!!!
ヘンリーマンシーニの「小象の行進」が元ネタなんだって。
なんかモジったのではないですかね?と店員さんが言ってた。
で、「ハタリ」ってアルバムなのかな?
それに小象の行進は入ってますよ。って言ってた☆>
と、早速情報が寄せられた。ああ、kozohは、小僧じゃなくて子象だったのね。とりあえず、ヘンリーマンシーニ「ハタリ」はアマゾンにて購入。

チャーリさん(その後3)

 ひと月ぶりでチャーリーさんにあった。入院中に欠けてしまったという前歯の歯っかけ以外はいつものチャーリーさんだった。ひと月寝たきりだったので、まだ以前のように筋肉が動作しないといっていた。万歩計をつけて毎日2000歩歩くリハビリにつとめ以前の男前に戻すべく歯医者に通っているらしい。チャーリーさんによれば氏が回復できたのは、インドネシアんブラックマジシャンたちが、すぐ氏の病気の原因は頭にあると見抜き10日間ブラックマジシャンコネクションを通じて時をそろえてお祈りしてくれたからだという。何はともあれ元気で良かった。
 一方、青トラ君だが、その後の長旅の最中、マフラーの脱落、前輪のバーストと災難続き。よくよくかんがえると、こちらもよく事故にも遭わず無事帰ってこれた物だと他人事のように感嘆するのみ。前輪は新品に交換済み、マフラーも新しい物に交換予定。クラッチ交換で時速100キロが出るようになった。50万キロ走破も夢ではない。

2007年4月 3日 (火)

チャーリーさん(その後2)など

 5日頃には東京に戻って,ゲーリーとデートらしい。今日飛んできたメールには
<ホント有難い気持ちで一杯です。
私は死にかけたらしいんだけど、あの世とやらの入り口は見えなかったし、先に行った奴の誰もお迎えに来てなかったから帰れたんだと思います。もう少しこの世でちゃんとした事やれと言う事なのだと思って改めて頑張ります。>
とある。
 こちら、満開を襲う花散しの冷たい雨に阻まれて,気力が失せ出発できずにいる。
 先の記録VTRを変換中、一度一日かけた作業がフイになり,ものすごく時間がかかっている。
 明日あたりはトッコちゃんの入学式だ。小学一年の娘に何をプレゼントしたらいいやら‥おじさんは今夜東京とは逆の方向に向かって走る。ごめん‥‥‥

2007年4月 2日 (月)

姥桜の会終わる

 本日催されました、第一回「姥桜の会」はトドコオリなくちょっと早めの午後8時前終了いたしました。
満開の花,花曇りの一日なんだか,今ひとつ姥桜たちは元気がありませんでした。
しかし、「小僧の行進」という誰でも知っている曲の話を聞き込むことができました。一平さんが昔よく使ってたらしい。そのうち原題を調べ当ブログにて無料音源を公開したいと思っております。
 それから大師匠が、入門したてのウジャクに腰のふりかを振り付けていた姿をジェスチャーを交えてみせてくれました。直伝の「ダニーボーイ」の振り付けがあるとのことで,そのうち催される予定の姥桜会後援「パープル・ピンク」にてぜひ再現されればと思っています。

2007年3月31日 (土)

その後のチャーリーさん

先日,元気な声を聞いたので,安心していたのだが,完全復活までまだ少し時間が必要な具合らしい。
<メール有難うございました。私が不在でどれ位皆さんに迷惑を掛けてしまったのか良く分かりました。重々反省します‥‥現在、意識はすっかり戻ったのですが未だ体調の感じが頼りないので実家で養ってもらってます。もう一週間程度で何かと次の仕事の準備も有るので帰る予定ですが、実際何処かで私の機材を受け取れる様ならホント有り難いです。今はちょっと長距離運転に自信が無く、だけど直に機材が必要なんです。10日頃迄に何とか受け取る事が出来れば有り難いですが‥‥お陰で日々少しづつ回復を実感してるので、間もなく現状復帰するとは思いますが、やはり先日の様な事が有ると瞬間が怖い感じも有ります。sogakozohは全員健康チェックして下さい。まさか私があんな風に成ろうとは本人自身が不可解な思いなんです。ホント怖い。>

2007年3月26日 (月)

たん瘤はロシアに去り,ロシアンギャングスターはドイツに旅立つ

チャーリーはウイルスに打ち勝ち,逝ってしまうかにみえた青トラは思い出とともに帰還した。
枕元では若い娘たちが踊り、ゲイリーとダニーはこんこんと眠り,ピーターはお茶を飲む。
このたびの旅の終焉は,たん瘤によってではなく,パジャマ姿のご主人によって切断された。
またとない終わり方だった。
ゲイリーは,翌朝「いったいきのうまで2週間何があったんでしょう?おもいだせない」とつぶやいた。

2007年3月17日 (土)

チャーリーさん回復、オイリー孤軍奮闘

オイリ−7000のお師匠さんのスーパープレイもありチャーリーさんは回復しているらしい。
オイリーは今朝も8時から作業開始している。孤軍奮闘空前絶後!よくやっている。
疲れたといいながら,仕事的には目の前のことから順次かたづけて,着実に前進しています。みごとです。ご安心ください。
こちらも,多少タバコの本数は減りました。今回たまった鬱憤は即爆発させる相手が居るのが精神上この上ないようです。
ああ,それから新しいメンツ2人?ノア棚が決定しました。おつてお知らせします。

2007年3月11日 (日)

チャーリーさんが〜壊れた

 始まったばかりの本ツアー予想どうりの展開。
しかしチャーリーさんの様子はおかしい。現場の人なので,とりあえずツアー最初の組にはアドバイザー的なお仕事だけに気合いが入らない、,というだけであればいいのだが‥‥‥
 京都アートコンプレックスは、3公演とも大盛況だったのでそれだけが救い。あさってからの東京公演、関西と違ってお客のノリが違うのでどうかな。
 こちら、あちらさんの操作は絶対やらないと主催者にいってあったのだが,とうとうやらねばならないはめに陥った。操作を若い娘たちのギャラリーを引き連れてできたので,マいいかっ,今回のみ。

2007年3月 4日 (日)

イノダの御利益

とうとう本格的にデジャブに突入も,矢田地蔵の御利益かはたまたコヒーショップイノダの御利益かわからないけれども、ツアー初日F氏が助っ人してくれることになった模様。初日はアートコンプレックスの方にもどのような備品が届くかまるでわかってないらしく,宝物をほじくりだす作業に終わる模様。発注元さんのほうから、ヨバシリの疲れを癒すようにとサウナ風呂を指定して、領収書お願いみたいな添え書きがあった。こんなところはものすごく気がつくんだけどな〜

2007年3月 3日 (土)

蜃気楼

 帰郷し、一ヶ月暇なので、歯医者に行ったり、写真ばかり撮っていた。屋根の下にも雪がない2月は雪国育ちの人間にとってミラージュそのものだ。あまりの快晴に誘われて、佐渡が見えないかなと海岸に行った。うっすらと水平線上に広がる佐渡島を10枚くらい、映ってるだろうかと‥‥佐渡は映ってなかったが、代わりに頸城三山が雲のように中空に映し出されていた。現場ではまるで気がつかなかった。日本では魚津だけかと思っていてネットをすこしめくってみると、琵琶湖や、諏訪湖、東北北海道でもしばしば観測されているらしい。
 もう目前に迫ったPAC国際ゲー術カーニバル、(名前も「ゲー術カーニバル」くらいにはしてほしかった)蜃気楼のような、お仕事だ。無事こなせるんだろうか?

2007年2月18日 (日)

想像壁蝨

想像ダニ
想像だに‥‥‥‥‥‥しない。創造!
これでいこう!

2007年2月16日 (金)

「ダニにまつわる話」青木淳一

「打ちのめされるようなすごい本」(文芸春秋刊)米原真理著に紹介されている。「ダニにまつわる話」青木淳一、筑摩書房刊。
18000種ほどの日本産のダニのうち人を刺すのは1パーセントあまりである。圧倒的多数のダニは、生態系の中で生物遺体解体という地味だがかけがえのない仕事をしている。などいくつかのエピソードの後、
最後に人をダニ呼ばわりするなんて、ホントにダニに失礼だと、心底から申し訳なく思えてくる本だとあった。
買おうかどうしようか迷っている。