「石の研究」トニー (1)
「石の研究」ねぇ・・・第一回は思いつくままに・・・
「大穴」の研究は幾多のアナロジーを経て「石の研究」にたどりついたわけだね。
科学は世界を分析し切り刻み、切り刻まれた切り離された部位の中で「都合の悪い真実」部位をどんどん切り捨て隠蔽することによってのみ進化する。
アナロジーは、世界の事象を語呂合わせによってすべて丸ごと収集し、ご都合によってそれら全部を完全にしかもテキトーに結びつける。結局ご都合によることは科学もアナロジーも変わりはないが、しかしアナロジーは捨てはしない。あまりにすべての事柄を収集しすぎてかかえきれなくなり、あるものは、そしてまたあるもの、抱え込まれてはいるがただ忘れ去られていることによって、アナロジーはなんとか小さな世界を構築しているかのように擬態する。
つまり、Kozohだね。小象、小さい小さい大きな世界、象。
ぼくらが20数年前に始めた「目黒墓穴人夫組合(ユニオン)」のメンツはすでにチリジリになり、すでにニライカナイへと旅立った者も多数にのぼる。ぼくもそろそろ準備にかかろう。
もっともきみは、いまだ諦めきれないようでもあって、それは、虎の穴「青トラホテル」なんていいはじめたあたりからもうかがいしれる。
イフタームヤーシムシム!ヒラけゴマ!アリババと洞穴の40人の盗賊は、しかしなんで盗賊が40人なんだろうね?
穴は遍在する。
穴は、鎌倉大仏にだってうがたれていた。
「おむすびの爆発だ!」これは鳥居さん発明の振り付けだけど、爆発しなかったオムスビはたいがい穴に落ちる。爆発しなかったおむすびを追いかけるのはきまっておじいさんたちで、そして善人のおじいさんだけが地底王国の宝物を手にすることができる。宝物は小判だったり稲穂だったり黄色だね。卵の中身も黄色だね。やっぱり黄色はシアワセの色だ。
おじいさんは、おむすびが落ちるほどの小さな穴にもどうしてか入ることができたけれど、本来、穴に入れるのは小人だけなはずだ。スクナヒコ、一寸法師。桃から生まれた桃太郎。竹から生まれたかぐや姫。
竹や桃から人が生まれるくらいだから、卵生説話や、卵生始祖伝説、卵なんて外見もうほとんど石だよね。卵は石なのだから、石から子供が生まれることもあるかも知れないし、石が何万年かかけて土の中で成長していることだってあるかもしれない。
竹や桃の親は土かもしれないけれど、石だって土の中だ。しかし卵というからには、その親は、鳥や蛇ということになる。鳥は空中他界から、蛇は水中地底他界からやってきて、それぞれ、空を飛んだり、毒で人間を殺したりできる超能力の保持者だ。
ああ、ぼくらの子供時代は、食糧難というほどではなかったにせよ、第二次世界大戦が終わってまだ10年しか経ってなかったので、大概どこの家も鶏を飼っていた。鶏が卵をだいたい産みつける藁の上に「石卵」というのがおいてあった。蛇は卵が好物なので鶏小屋に侵入して卵を丸呑みしてしまう。しかし、お調子コキで毎日鶏小屋に通いつめた蛇は「石卵」をそのうちくわえこんで消化できずに死んでしまうのだ。
「石の上にも三年」という言葉があって、「辛抱しな!」みたいにつかわれるけれど、石と、石女(生まず女)と3年添い寝して、3年経っても、しかし、なかなかそんな時間じゃ石が成長を遂げているのを目撃するのは難しいよね。
人間のいいところは、忘れることができるからで、石と3年添い寝して、最初は「石が本当に成長しているかどうか確かめてやろう」なんて思ってたわけだけど、3年経つと、「どうしてボクは石の上に3年も座ってるんだろう?なんでこんなことはじめたんだっけ?」と、突然、ひらめくことがある。ひらめくといっても、いいアイデアがひらめくというのではなくて「なんでだったか忘れちまったな〜」ということに、突然、気づかされるのだね。
忘れることは、生まれ変わることだ。ボクなんか、だから、このごろじゃ刻々と生まれ変わってることになる。きみは、毎日お便所の扉を開けて自分の部屋に入りこもり、また外界へとお便所の扉を開けて部屋から出ていく、というコトをなかば日常の修行としているわけだけれど、ボクには修行は必要ない。修行なしで刻々ニライカナイを体験しニライカナイにずんずん近づいているわけだから・・・
ダニーをあんまりからかうと「生まれ変わるだけで成長しないのが玉にキズ」きみに、また笑われそうだ。
ああ、石には「こいつぁ、旬な石だね〜」とか、季語があるんだろうか?
俳句歳時記で調べてみたよ。
イソギンチャクのことを、いしぼたんというらしい。海のなかのもうひとつの穴だね。季語は春。
「いそぎんちやくその他生きとし生けるもの」京極杞陽。穴は遍在する。
それから、石たたき。季語は秋。鶺鴒のことらしい。
<きせきれい(漂鳥)・せぐろせきれい(留鳥)・はくせきれい(冬鳥)のこと。色も大きさもちがうが、普通に見るのはきせきれいで、腹が黄色い鳥。長い尾をもち、石を叩くように尾を常に上下に振っている。・・・>角川歳時記p612
「とどろける地獄の空の石たたき」水原秋桜子
「鶺鴒の一瞬 われに岩のこる」佐藤鬼房
山頭火の「石に腰を 墓であったか」も思い起こされる。
単純に、道徳的に、<いやいや気がつかないで腰を下ろした石がお墓だったとは、失礼した。>と、または墓石→死への連想「俺もいつかは死んでゆくんだ・・」とっても面白いけど・・・ 漂白の山頭火の句だからなあ〜この句なんか端的に「穴は遍在する」という句だと思うよ。穴に親しみをいだいている。でもどういうわけか穴に気づく時と気づかない時があるんだよね。そして、突然、気づく。そこがおもしろい。
澁澤さんの本に「胡桃の中の世界」というのがあって、
<胡桃>は石だよね(まっこの本の中では胡桃は脳味噌だといっていて<意志>に一歩近づいているかもしれない)。
<中の世界>は穴だよね。
だからもちろん石についてかかれた文章がたくさん集められていて、第一章は「石の夢」だ。「宇宙卵について」では、<哲学の卵>その中から生まれる<賢者の石>なんかについて書かれている。
「大師匠が晩年『いまはあんなことやってるけれど澁澤が本当にやりたいことを私は知っている』と唐突に立ち上がって演説しはじめたことがあった。」という話をきみから何度か聞いたことがあるけれど、胡桃は澁澤さんの「あんなこと」の時代の作品だね。
「胡桃の中の世界」文庫版のあとがきで、大師匠がニライカナイに旅立った頃、澁澤さんは書いている。
「ひたすら原型を求めイメージの結晶を求めていた私だったが、今やそれをロマネスクにふくらませることに楽しみを味わっているというわけだ。これまであまりストイックだったからその反動であろう、フィクションの世界で少し放蕩したくなったというわけだ。これが私の小説を書き出すようになった理由である。」
まっ、サイゴにジャガタラの「岬でまつわ」お送りしましょう。
「ハイウエー・・・ハイウエー・・・
・・どこまで行ってもおなじことさ・・・
パンティが大好きだなんて・・笑わせるんじゃないぜ・・・・・
岬でまぁ〜ツワ・・・岬で待つわ・・・岬で待つわ・・・岬で待つわ・・・
スピード、さらにスピード、もおっと〜ゆっくりいそげ〜
スピード、さらにスピード、もおっと〜ゆっくりいそげ〜
ハイウエイの彼方〜に
ハイウエイの彼方〜に
ハイウエイの彼方〜に・・・」


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