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トニーからのメール。
「ヤー、風のミサキからはその後、連絡あったかい?
僕の方はモロ平投資クラブの東欧行きがようやく確定した。モロ平がこのごろ少し相場が戻ったのに気を良くして資金を提供してくれる。 渋々だけれどね・・・
リーマンブラザースの破綻以来、それぞれの国が一致して超低金利政策をとって市場にお金をジャブジャブにしたので世の中は少し平静を取り戻したかのように見える。
いまは転換点だ、投機屋さんはジャブジャブ資金を商品取引に向け始めている。各国は利上げの方向に転換しようとしているし、中国だけはは下落するドル(世界基軸通貨の地位から滑り落ちつつあることをこのごろの金の高騰が教えてくれている)に連動させ人民元安を維持しているけれど、世界景気の回復のキーマンは中国なので、つい先日までのようには非難されない。状況は20世紀末のタイバーツ危機(中国の人民元切り下げをきっかけにしたアジア通貨危機)ににてきていると言われている。
あとはトリーガが引かれればひどい混乱がおこりそうだ。しかしそこまでには少し間があって、市場には借り手のない資金はジャブジャブだからしばらくは株式相場は高くなっていく、問題はその後だとモロ平は考えてるみたいなんだ。
今度の危機は、どこを発端としておこるんだろう?まっ、モロ平と僕は、それは東欧からだろうと思ってる。
僕は旅行の前に健康診断にいくことにしたよ。君も健康状態についてぐずぐず書いてるけど、早めに出かけた方がいいんじゃない。」
じつは、ぼくは今、また新潟に居る。トリエンナーレが終わってはや2度目。見附の叔父貴が亡くなったのだ。葬儀は終わったのだが、今度は青トラホテルが動かなくなってしまった。物入りで筑紫平野行きは大幅に延期せざるを得ない。とりあえず漂流生活・・・・
『七夕と相撲の古代史』にすすむ導入として、もう二つ三つ『水の女』から引用しておこう。
「思うに、みつはの中にも、稚みつはと呼ばれるものが、禊ぎの際に現れて、その世話をする。この神の発生を説いて、禊ぎ人の穢れから化生したという古い説明が伝わらなくなったのかも知れぬ。とにかく、この女神が出て、禊ぎの場処を上・下の瀬と選び迷うしぐさをした後、中つ瀬の適(ヨロ)しい処に水浴をする。このふるまいを見習うて禊ぎの処を定めたらしい。これが久しく意義不明のまま繰返され、みぬまとしての女が出て、禊ぎの儀式の手引きをした。それがしだいに合理化して、水辺祓除のかいぞえに中臣女のような為事をするようになり、そのことに関した呪詞の文句がいよいよ無意義になり、他の知識や、行事・習慣から解釈して、発想法を拗(ねじ)れさせてきた。」
’天の羽衣’が古くは小さな布切れだったのではないかという。羽衣伝説が入る前の姿があって、それはミヌマに関係していると・・・
「私は、神女の身に、羽衣を被るとするのは、伝承の推移だと思う。神女の手で、天の羽衣を着せ、脱がせられる神があった。その神の威力を蒙って、神女自身も神と見なされる。そうして神・神女を同格に観じて、神をやや忘れるようになる。そうなると、神女の、神に奉仕した為事も、神女自身の行為になる。天の羽衣のごときは、神の身についたものである。神自身と見なし奉った宮廷の主の、常も用いられるはずの湯具を、古例に則(のっと)る大嘗祭の時に限って、天の羽衣と申し上げる。後世は「衣」という名に拘(かかわ)って、上体をも掩(おお)うものとなったらしいが、古くはもっと小さきものではなかったか。ともかく禊ぎ・湯沐(ゆあ)みの時、湯や水の中で解きさける物忌みの布と思われる。誰一人解き方知らぬ神秘の結び方で、その布を結び固め、神となる御躬の霊結びを奉仕する巫女があった。」
「天の羽衣や、みづのをひもは、湯・河に入るためにつけ易(か)えるものではなかった。湯水の中でも、纏(まと)うたままはいる風が固定して、湯に入る時につけ易えることになった。近代民間の湯具も、これである。そこに水の女が現れて、おのれのみ知る結び目をときほぐして、長い物忌みから解放するのである。すなわちこれと同時に神としての自在な資格を得ることになる。後には、健康のための呪術となった。が、もっとも古くは、神の資格を得るための禁欲生活の間に、外からも侵されぬよう、自らも犯さぬために生命の元と考えた部分を結んでおいたのである。この物忌みの後、水に入り、変若(ヲチ)返って、神となりきるのである。だから、天の羽衣は、神其物(カムナガラ)の生活の間には、不要なので、これをとり匿(かく)されて地上の人となったというのは、物忌み衣の後の考え方から見たのである。さて神としての生活に入ると、常人以上に欲望を満たした。みづのをひもを解いた女は、神秘に触れたのだから、神の嫁となる。おそらく湯棚・湯桁は、この神事のために、設けはじめたのだろう。」
折口のいう’湯棚・湯桁’という言葉について、七夕(棚機)が中国から伝来する前にあったという「日本独自の」風俗については、『七夕と相撲の古代史』の著者平林さんは明解に否定している。


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