トニーのジョグジャ便り(6-2)
この日の公演はムギヨノさんからはじまった。3番目のコウさんが知りうるインドネシアのダンサーの中で最高と評すだけあって見応えあった。特別トリッキーな動きがあるわけではない。均一な時間の流れと極度に磨かれた身体バランス。
会場のテンションが盛り上がったところで、大野さんが静かに下手より登場。舞踏フェスティバルで初演された「睡蓮」の一景だった。三場、火事場というべき場面か、ピンクフロイドがかかる。「慶人さんは踊らない」というちまたの噂とは違って、慶人さんが踊っている。
静かな振りのところでカメラで目一杯寄るともともとお母さん似のお顔、なんだかお父さんにそっくりだった。
四場、病床の大野一雄とパペット指人形の映画が短く上演され、終幕でその映画の中のパペットを操る実物の慶人さんがスクリーンの前で一踊りして終わった。
終演後、バンバンさんのスタッフたちによって運び込まれた軽食とビールで大野さんの歓迎パーティーがロビーでおこなわれた。現地に嫁いでいる何人かの女性が同時通訳してくれるので、各所で、ダンサーたちは質問攻めにあっていた。みんなは2次会にブダイクブンフォーラムに流れていったが、ぼくはイクバルとヨガさんに誘われていたのでいかなかった。
どこで飲むんだろう?ずいぶん長く車に乗ってるので不審に思ってると最初に着いたのはヨガさんの家だった。夜中の12:00だというのに奥さんに紹介してくれるという。持ち家なのか、アパートメントなのかはわからなかったが、瀟洒な5〜6部屋はありそうな家だった。出てきた女の人が奥さんだと思ったらメイドさんだった。列島に稼ぎに行きたいと車中づっと話してたヨガさんだけれど、ひと月1万円生活でもヨガさんはメイドさんを雇えるのだ。犬も部屋で飼っていた。
どういうシステムかわからないけれど車で路地を走ってるとときどきおじさんが出てきてお金を要求する。どうやら駐車料金らしい。「東京じゃ15分300円だぜ」というと、「300円???」と驚いて3度くらい訊き返してくる。それから、大学の後輩で今回のフェスティバルのスタッフでもあるテンペたちを拾って、ついたところはインドネシア一番という大きな大学だった。
校舎の中の広い廊下を仕切ったような稽古場兼部室にはイクバルたちのまじめそうな後輩たちが何人かいたがそこに連れて行かれた。彼らによってどこからともなく例の地酒ワインが運ばれてきた。今回はビールで割った飲み方もてなしてくれた。うまい。さらに、バンバンさんとこの若いスタッフが2人やってきたけれど、イクバルたちも疲れていた。こちらも言葉がぜんぜんだめなので、結局1時間くらいで引き上げた。
こないだ電話でゲーリーに「言葉がさ・・・」と言い訳すると「ぼくは、アスー1言だけでみんなと仲良くなったけどなあ・・・」と云われてしまった。ああ、ぼくもイクバルの後輩のコトをテンペと言ってこれだけは受けた。ホントの名前はついに覚えれなかったけれど、テンペは豆腐のハンバーグのようなジャワのポピュラーなおいしいたべもののことだ。


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