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2008年2月28日 (木)

Farewellビーダラちゃん(その3)

 さて、キリストさんの暦で1000〜1100年頃には、このエンノオズヌの意志を継ぐものたちは、「金剛トラベル」を分社化して密教二大宗派のそれぞれに潜り込んだ。天台系(本山派)は聖護院を中心に,真言系(当山派)は醍醐寺三宝院を中心に活動するようになった。しかし未だともに発祥の地、吉野・金峯・大峰・熊野一帯は根本営業地域とした。

 当時の「金剛トラベル」の業務は貴族、王族、大寺社等の警備会社にかわっていた。警備といっても内実、傭兵であって、その意味では自衛隊が民営化されようとしている現代の100歩も1000歩も進んだ営業だったといわねばならない。

 また、この間、密教取り入れに専心し「金剛トラベル」の営業理念の確立に余念がなかった。また、密教の取り込み研究の過程で、傍流の「立河トラベル」が切り離されている。「立河トラベルは」、風俗レジャー産業を担当していたが、その営業内容があまりにきわどかったので「金剛トラベル」としても連結子会社からはずさせざるを得なかったようだ。(この立河トラベル、については次回少し述べようと思う)

 キリストさんの暦で1200年から1500年頃には、「金剛トラベル」は傭兵事業とその利益、人脈によって獲得した全国各地の山に「金剛トラベル」営業所を設けた。そのおもなものは津軽の岩木山,出羽三山,日光二荒山,筑波山,秩父三峰山,富士山,御岳山,立山,白山,石鎚(いしづち)山,英彦(ひこ)山などであった。 一度は頓挫したエンノオズヌの創業時の事業だったが、これらのお山の登山ガイドひいてはこれらの拠点をネットワークした観光事業として復活した。

 キリストさんの暦で1600年から1800年頃、ようやく戦乱の世の中を徳川家康が平定して戦争のない太平な世になってしまったので、「金剛トラベル」の主力事業であった、傭兵事業が壊滅してしまった。また家康がおこなった宗門人別改めによって人々は必ず寺の檀家として登録しなければならず、境界民、店を持たない行商人、旅職人、海民、旅芸人、旅職人など、主な「金剛トラベル」の顧客や事業への主力投資家層も「金剛トラベル」から離れてゆくものが多かった。

 全国規模での展開は不可能になってしまった「金剛トラベル」だったが、いまだ財力の残っていた地方の各お山の営業所は独立し、主に創業者以来の鉱山技術を応用して新田開発事業に取り組んだ。

 また、この世の趨勢の中でリストラされたおおくの「金剛トラベル」社員は、新田開発の中で付き合いのできたそれまでどちらかというと往来が頻繁でなかった稲作民に溶け込み、小さな診療所のようなものを作り拠点として、民間治療(密教原理によるセラピーと創業以来の伝統である草木鉱物に知識を応用した薬)をおこない、傍らお山の旅行代理店として生業をいとなんでいた。

 1800年代も後半になると黒船による脅威のもと地方に分権化されていた島国を改めて一つに束ねて黒船国に対抗しなければならないという機運がこの島国に生まれた。「一つに束ねられた」その目に見える象徴は、零落しながらも細々続いていた古来の王家であり、その精神的支柱として「国家神道」というものが新たに生み出された。八百万の神々が国家神道のもとにそのような意図を持って再構成された。

 あっ「金剛トラベル」営業理念だけれど、途中で、密教といういわゆる「外来の」仏教に根本的に再構成されてしまっているけど、創業以来山野を駆け巡り草木に親しみ鉱物や気象に通じ原初の意味で<人格化される以前の神>精霊に通じていた。なおかつ、それが二つのもがアマルガム化して稲作民の中にまで広まっていた。

 新しい王権としては、王家を中心とした擬人化された「八百万の神思想」で国家をまとめようとしていたのだから、「金剛トラベル」の営業理念の中に、その新しい国家の中心理念「国家神道」八百万の神と「外来の」仏教(密教)を混ぜこぜにしたもの(いわゆる神仏習合思想)をいつまでも振りまかれていては困る。

 どれほどこのことが新しい王権にとって重大なことだったかは、新しい王権政府が発した第一号政令が「金剛トラベル打ち壊し令」またの名を「修験道禁止令」だったことに色濃くあらわれていた。

 この「修験道禁止令」よって、タダでさえ江戸の平安な300年の間に弱体化していた「金剛トラベル」は各地方の小拠点ごとに、あるものは神社として、あるものはお寺として生き延びることになった。

 ようやく1945年GHQによってGHQによってこの「修験道禁止令」が廃絶されることになるのだが、不思議なことにもはや、金峯山修験本宗,修験宗,真言宗醍醐派などの教団として復活しても、末端の営業所は、再び「金剛トラベル」を名乗るものは少なかった。この再改名しなかったということが非常に大事なポイントだと思わざるを得ない。名乗らずに組織としての連携は地下に潜ったままなのだ。

 超長くなってしまったが、以上が「金剛トラベル」の社史だ。

しかし、というか現代の「金剛トラベル(株)」(ああ、ビーダラちゃんがニライカナイ旅行の手配をした一部上場の会社だけれど)はこの歴史的な「金剛トラベル」と関係があるやいなやははっきりしなかった。

 ただほぼ200年忘れられていたに等しく、「修験道禁止令」が解かれたあとに再改名すらしなかった「金剛トラベル」や「陰陽師屋」が、飽食のこの時代になって、どうやら復活してきているらしいのだ。それは映画やアニメ、ゲームのキャラクターなどのいくつかを見ればはっきりわかる。原因をこういってしまったら元も子もない気もするが(つまりこの散文の主題ともいうべきものだから)それは「物珍しさ」「私だけだけが知ってる、気分」にささえられているのだろう。200年まったく忘れられていたことが幸いしたのだとおもう。
 
 Farewellビーダラちゃん(その4)ではビーダラちゃんがなぜ金剛トラベルベルにちかずいたのかを想像し(その5)は中世に「金剛トラベル」から分家し、一世を風靡しながらも邪道の商売としてののしられ焚書坑儒されてしまった。「邪道商売立河屋」を研究することによって、おもに「金剛トラベル」の密教的経営テクノロジー的な側面を探求するつもりです。
 

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